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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)334号 判決 1948年6月26日

主文

本件上告を棄却する

理由

辯護人岩松孝雄上告趣意書は、『原判決は被告人の第一の行爲を強盜未遂、第二の行爲を恐喝なりと認定し夫々の法條を適用して處斷した、しかしながら第一の行爲と第二の行爲との異る點は、第一の行爲は被告人が小型庖丁様の刄物を出して「五千圓貸して呉れ」と威嚇したのに對し、第二の行爲は懐中時計を出して之を相手に示し之れが買求めを求め拒絶せらるゝや小型庖丁様の刄物を相手方に示し「之れで傷つけてやる」と脅したのであって、一は無擔保で金借を申込み、二は價値の低い物品を差出して高價に買取を求めた點にあるのであって其目的達成の方法として小型庖丁様の刄物を相手方に示して威壓を加へた點は何れも同様なのである、そして其結果第一第二の相手方とも畏怖心を起したが何れも意思活動の自由を失ふことなく、第一の相手方は「実家へ行って借りて來てあげる」と云って被告人と共に屋外に出、第二の相手方は財布から金を出して勘定したのであって、両人とも被告人の用ひた威嚇の手段に依って抗拒不能に陥り機械的に被告人のなすがまゝに行動した事実はない、しからば両行爲とも恐喝罪を以て論ずべきものであるに拘らず原審に於ては、二は物品を提供して買取を求めたものであるから恐喝罪なりと誤解し、強盜罪と恐喝罪の區別が物品提供の有無に拘らず、被害者の意思決定の自由を剥奪したるか、又は意思決定の自由を制限し、若くは意思の自由を妨害したかの點に存する事実を看過し第二の行爲と同種同一の行爲である第一の行爲に對し強盜未遂罪の法條を適用處斷したことは擬律に錯誤あり破毀すべきものと信ずる』と云うのである。

ところで、原判決が被告人に對して認定した(一)の事実は、被告人は昭和二十二年四月八日飲酒の上午後七時頃盛岡市向中野字臺太郎三十七番地鈴木鉄雄方に赴き、同人に對し、所携の包丁を突付け、五千圓を借せと申向けて脅迫し金錢を強取しようとしたが、同人が應じなかったため、その目的を遂げなかったと云うのであるが、この判示事実を判示證據に照合してみるに、被告人の右脅迫の所爲たるや、相手方たる鈴木鉄雄の意思の自由を抑壓するに足るものであったことが明かであるから、同人が偶偶被告人の要求に應ぜず、從って意思の自由を抑壓されなかったとしても、被告人の判示所爲は強盜罪の実行をもって目さなければならない。それ故、右脅迫の結果金員を強取するに至らなかった被告人は、強盜未遂の刑責に服すべきこと、固より論なき所である。してみれば、原判決が右事実に對し刑法第二百三十六條第一項第二百四十三條を適用して被告人を處斷したのは、まことに、その所であり、毫も擬律錯誤の廉はない。所論は畢竟獨自の見解たるに過ぎない。從って論旨は理由なきものと云わなくてはならない。

右の理由により、刑事訴訟法第四百四十六條に則って、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官の全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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